特集●豚肉を使っても「焼き鳥」なのか。
夜八時過ぎまでかかった会議の後、数名の仲間と共に福島市内の某焼き鳥屋の2階で飲食をした際、店員さんがごくあたりまえに「当店の焼き鳥のメニューのうち7割は豚の肉です」と言った。
「ふーん」と思って聞き過ごしてしまいそうなこの言葉には、実は重大な問題が潜んでいたのだ。
豚肉を「鳥」と呼んでいるのである。
みなさん、よく考えてみてください。
みそラーメンを醤油ラーメンという名で売っていたら許せますか?親子丼を注文してカツ丼が出てきたら許せますか?(許せるような気がする)
「氷いちご」と頼んだら黄色いシロップのカキ氷が出てきたら文句いいませんか?
「美人の多い店」という看板に惹かれて入ったところ、そうではなかった場合に怒りませんか?
そういえば今まで気にもとめなかったが、牛肉を焼いた「焼き鳥」を売っている店も多い。
調べてみると、九州の熊本では「馬肉」を焼いた「焼き鳥」すらあるということが分かった。「馬」を「鳥」と呼ぶとは、「山」を「川」と呼ぶくらいすごいことではないかと思ってしまう。
ここで問題提起をする。われら大衆の酒の友の頂点にあると言っても過言ではない「焼き鳥」は、堂々と偽りを行っているのではないのか?
食品衛生法第12条〔虚偽表示等の禁止〕違反に該当する疑いがあるのではないか?これを「焼き鳥不当表示疑惑」と名付け、その場で早速議論になったのである。
■参考1■食品衛生法 〔虚偽表示等の禁止〕
第12条 食品、添加物、器具又は容器包装に関しては、公衆衛生に危害を及ぼす虞がある虚偽の又は誇大な表示又は広告はこれを行つてはならない。
これまで誰も気がつかなかった、いや気がついたとしてもあえて誰も触れることのなかったこの大問題にわれわれは踏み込むことにした。
あの学術的グルメ漫画の名作「美味しんぼ」ですらこの問題を取り上げていないのである。
その店の豚肉を使った「焼き鳥」は実に美味しく、ついついお酒が弾んでしまい、この疑惑追求話はどんどんエスカレートしたが、「『焼き鳥』とは実は『焼き取り』のことであり、焼いた肉を串で取って食べる」というもっともらしい説や、「豚を『焼き豚』と呼ぶと他のものになっちゃうから仕方なくそうなったのでは」という棲み分け理論、「そんなことはどうでもいいから早く飲も飲も」という投げやり意見が飛び交った。
今後の緊急課題としてその夜は結論に達しなかった。
翌日からわれわれの調査は始まった。文明の利器インターネットを使って調べてみると、まず「焼き鳥」というキーワードで検索をすると、ほとんどが「焼き鳥屋」のホームページしかないことが分かった。焼き鳥を研究している人は日本にほとんどいないのである。なにせ見れども見れども焼き鳥屋さんのホームページなのだ。
およそ約半日に及ぶインターネット検索作業の末、唯一焼き鳥の研究(?)を発表している「やきとり天国」というホームページを発見した。ここに「焼鳥の歴史/全国」というコーナーがあり、日本における焼き鳥史の概略が記載されている。
江戸時代中期に書かれた「合類日用料理抄」(一六八九)にはすでに焼鳥の調理方法が描かれているという。「鳥を串にさし 薄霜ほどに塩をふりかけ焼き申し候 よく焼き申し時分 醤油の中へ酒を少加え 右の焼鳥をつけ 又一変付けて其の醤油の乾かぬ内に 座敷へ出し申し候」とある。
そして興味深いのは次の一説。
(原文のママ)「大正十二年の関東大震災の後から焼鳥屋は全国に広がった。関東では豚の内臓を使った「焼とん」が人気を集めている。この豚や牛を使った「焼とん」は敗戦後の闇市でも活躍し、大衆的な食べ物として普及した。スタイルが似ているため、「やきとり」と称しているが、素材の点で焼鳥とは別物だと思う。」
この文の筆者は愛媛県今治市在住の方であり、今治市は北海道の室蘭、埼玉県の東松山市と並ぶ「日本三大焼き鳥のまち」(誰かが実際にこう名付けている)のひとつ。室蘭と東松山はなんと豚肉の焼き鳥のため、豚肉使用は正当ではないとしている。
うーむ、「焼とん」があったではないか!
ある方面からの情報で、東京には確かに「焼とん」のノレンのかかった店が新橋近辺のガート下に多く見受けられるという。
ならば豚肉は「焼とん」と呼び、牛は「牛串(こうも呼びますね)」、馬は「馬串(これはない)」と分ければすむではないか。
日本人はジャンル分けが好きな民族である。音楽にしろファッションにしろやたらと「○○系」という言葉で分類したがる。
「焼き鳥」もそうやって分類したからといってなんら弊害があるとは思えないのだが・・。
結論は「広辞苑」にあった。いまさらのように広辞苑で「焼き鳥」を調べると、
やき‐とり【焼鳥】 鳥肉に、たれ・塩などをつけてあぶり焼いたもの。牛・豚などの臓物を串焼にしたものにもいう。「―で一杯やる」
とあった。
なんだいそりゃ。
規定しちゃってるじゃないか。
参考までに三省堂の「大辞林」を引いてみる。・・・まったく同じ文がそこにあった。
辞書が許しているではないか。
インターネットによる膨大な資料検索をした「焼き鳥不当表示疑惑」の探求は、広辞苑のわずか数行の文ですべて解決に終わった。
「辞書に載っていればしょうがない」の一言でかたづいてしまったのである。
いったい誰がいつこんな定義をしたのか、串焼きとの区別はいかに、という疑問も残るが、ぼちぼち面倒臭くなったし、とりあえずこれにて一件落着ということにしてしまおう。
なんだかどっと疲れが出た。しょうがない、焼き鳥で一杯やるとするか。