創刊記念企画●飯坂線沿線・各駅停車焼き鳥の旅
「突刊 福島の焼き鳥」創刊記念企画として、飯坂線沿線焼き鳥の旅をやることにした。
福島交通飯坂線はJR福島駅と飯坂温泉をむすぶ全長9.2キロの単線である。片道23分のこの電車に乗って各駅周辺を観察すると、焼き鳥屋がやたら多いことに気づく。
詳しく調査すると全十二駅中、花水坂、桜水、曽根田の三駅を除く九駅の周辺に「やきとり」の赤ちょうちんもしくは看板、のれんの店が発見された。また店のない3駅の前にはそれぞれ「セブンイレブン」「コープマート」「ビブレ」があり焼き鳥の購入が可能なことが分かった。つまり、やる気さえあれば全駅で焼き鳥を食べられるのである。飯坂線を各駅で下車しながら焼き鳥を数本ずつ賞味する旅、それは福島の焼き鳥ファン注目の企画ではないか!前人未到の企画ではないか!
登山家のジョージ・マロリーさんは「なぜ山に登るのか」と問われ「そこに山があるから(Because it is there.)」と答え有名になった。われわれもこの旅の理由をこう答えよう。「そこに焼き鳥があるから…」。
時は6月21日、三〇代の若者四名(仮名A、K、M、E)がこの旅に挑戦することになった。本来なら電車に乗って旅するのが正しいが、利便性・経済性を考えワゴン車での移動とした。車中は気分を盛り上げるためパパイヤ鈴木とおやじダンサーズの唄う「やきとりサンバ」のCDが常に流れている。
夕方5時、飯坂温泉駅前に集合。記念すべき1軒目「すずめ」に行く。美しい母娘がやっている店で、ラーメンも人気がある。運転手を除く三名が生ビールで乾杯。空腹なのでカシラ、レバー、バラ串、皮、鳥を四本づつ注文。ニンニクミソをつけて食べる皮がうまい。雰囲気の良さについつい日本酒が注文され、「カツオの刺身」が出てくる。「う〜ん、カツオがうまいなあ」とA氏の声。いきなり趣旨が変わりそうなので40分で移動した。
花水坂駅。セブンイレブンで「本格炭火焼きとり」と「軟骨」を購入。車中で食べる。コンビニの味だがどうしてどうして結構うまい。軟骨入りつくねが特にいい。
さて医王寺前駅前。「やきとり」看板付きの店があるのだが閉まっているではないか。しかしこればっかりはどうにもならない。他に店もない。あまりにも早いが、この時点で「全駅制覇」の夢は終わった(ちゃんちゃん)。箱根駅伝的に言えばタスキをつなげず涙の繰り上げスタート、ということで旅は続く。
平野駅前には「やきとり山ちゃん」という赤ちょうちんがぶらさがっている。のれんをくぐるとかなり広い店内、奥に座敷もあって家族連れが入っていて笑い声が聞こえ庶民の味方、という雰囲気だ。カウンターに陣取り、注文するが一人で店を切り盛りしているママさんは忙しい。タン、カシラ、シロモツ、ヒナドリを2本づつとウーロンハイ。テレビでは雅子様が病院に検診に行ったニュースである。とても気さくなママさんと話が弾んだが、先を急ぐことになる。福島青年会議所・H理事長が途中参加するため笹谷駅前で待っているという連絡が入ったのだ。
桜水駅前のコープマートを通り過ぎると店の前に某焼き鳥チェーン店の軽自動車屋台があった。本来なら寄りたいが、すでに「全駅制覇」の夢は破れたのでパス、笹谷駅前でH理事長と合流し「のんき」に入って奥の座敷に座らせていただく。タン、シロ、レバーを五人分づつ注文。生ビールで再度乾杯。なんと偶然にもH理事長は店のご主人と旧知の仲で、そのせいか、焼き鳥が出るまでのお通しの量が凄かった。枝豆、エビフライとトンカツ、チクワの煮物などが全員に一皿づつ配られる。これが美味で全部食べたのがよくなかった。4名全員の胃がただれ始めたのだ(当たり前だ)。それぞれ十二本づつを主にタレで食べているせいか血が濃くなった感じがして手が串に伸びなくなり、食べ終えるまで50分を要した。充血した目で「ツライ」という声がついに出た。
上松川駅前の店の前に車を停めるとK氏、M氏が「ここも行くのぉ?」と辛い声を上げる。あと2〜3軒が限界のようである。タスキはつなげなくても、全員なんとか福島駅までたどり着かせたい。そこでこの店は「定休日だった」ことにした(内緒です)。で、泉駅へ。ここは駅から少し離れた場所に店があるのだが行ってみるとえらく混んでいた。「5名なんですが…」「ちょっと入れませんねえ」という声。半ば安心というかこれで少し胃を休められるという気分で次へゆっくり移動。仕方ない、仕方ない。不可抗力だ。
岩代清水駅前(というより裏)でも最初予定していた店が閉まっていた。全員の心に「挫折」という二文字がこの時浮かんだ。「もうこんなバカなことやめて福島の街であっさりお茶漬けでも食べよう」と誰か言えば、すべて終わりそうであった。が、もう1軒の赤ちょうちんが目に止まった。しかも「やきとり」と書いてある。「あびこ」という店だ。10人も入ればいっぱいになりそうなカウンターが雰囲気をかもし出している。初老のお客さん一名。炭をおこしてある。カシラとタンを1本づつ塩(タレはもうツライ)とウーロンハイ。われわれの朦朧とした目を見てママさんが気をつかったのか、焼酎の入ってないウーロン茶が出てきた。これがただれた胃に極めてやさしく美味であった。この店の塩やタレは「秘伝の味」なのだそうで、すでに麻痺した舌の上で奥の深い味がする。食べながら、残りの行程の方針を決める。次の美術館図書館前の店で最後にし、曽根田駅前ビブレは今後の課題に、福島駅前は日頃さんざん食べているので今回は保留、ということで旅を終えることを決定。情けないようだが、身体がもたない。無理をして途中で救急車にでも運ばれたら福島駅までたどり着けずに終わってしまう。ゴールすることが大切なのだ。
美術館図書館前は「やじろべい」という店。カウンターのある店だがわれらはテーブルへ。最後は若鳥を1本づつとウーロンハイ。笑顔が美しいママさんにこれまでの旅の事情を話すとやさしくうなずいた。この店のカウンターの上には不思議な言葉が短冊型の紙にたくさん羅列されている。「人は人 俺は俺 焼き鳥は焼き鳥」、「チン立てば夜恋し 秋の夜」などなど。昔福島大学がこの近くにあった頃に学生たちが書いていったものなのだそうだ。焼き鳥は文学的食べ物なのであろうか。
塩味の若鳥を時間をかけて口に含む。あっさりしてうまいのだが、つらさの方が大きい。
そしてついに焼き鳥を食べ終えた。K氏の目に小さな涙が浮かんだ。ママさんにあらためて味わいに来ることを約束し店を出た。
沿線の旅である以上、車は飯坂沿線を進む。曽根田駅前を通過する時、1人が言った。「そういえばこの近くに焼き鳥屋があったの思い出した・・・」。その他のメンバーの目に悲しい色が浮かんだが一応前を通る。ちょっと奥に入った場所なので気づかなかったが「やきとり」の文字が掲げられている。もういい、またにしよう。みんな精一杯がんばったじゃないか…。誰も異論はなかった。
福島駅に到着。21時。セブンイレブンを含め六箇所の焼き鳥を食し、計4時間に渡る壮絶な旅が終わった。登山家が難関を乗り越えて山頂にたどりついた時の感動がある。同時に高山病に似たような胸焼けもする。今度は必ずや「全駅制覇を!」という誓いを胸にそっとしまい「普通」の料理屋へ。お茶漬けが感動的にうまかった。
なお、この旅で焼き鳥屋に使った費用は占めて21,025円(飲み物含む)。一人あたり5,000円弱である。これも驚きであった。